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E 苦難の乗り越え方 PARCO出版 ¥1260
F 江原啓之 本音発言 講談社 ¥1260
G 江原啓之への質問状 徳間書店 ¥980
≪ 私の推薦する江原啓之氏の著書 ≫
スピリチュアリズムとは


スピリチュアリズムとは
霊的真理の十の法則とは
『 変化の法則 』 とは、
仏教の真理である 「 諸行無常 」 と 「 諸法無我 」 のことです。
あらゆる物事は、
直接的原因、すなわち、「 因 」 や、
間接的原因、すなわち、「 縁 」 によって、
物事の結果、すなわち、「 果 」 が違ってきます。
「 諸行無常 」 とは、
因( 縁 )果の関係によって、常に流動変化しているという事です。
「 諸法無我 」 とは、
直接的間接的原因によって、
因( 縁 )果の関係によって、常に流動変化しているこの世界にあっては、
仏教で言うところの 「 我 」 ( が = 因果関係に左右されない存在、
流動変化しない存在 ) は、存在しないという事です。
つまり、
私達は、いつも流動変化の連続の中にいるという事です。
流動変化して、当たり前なのです。
流動変化していない時など無いのです。
必ず流動変化して行くのです。
それほど、
この世も霊界も、流動変化の世界なのです。
この事を、しっかりと認識することが大切なのです。
願望や期待によって、
このことを私達は、忘れてしまったり、思い違いをしたりして、
苦しんでしまいがちですから。
ですから、
「 本当の幸せ 」 が得られる方向に、
物事が流動変化してゆくように、「 善なる原因 」 を整え、
更に、
自分の行いが、
「 善なる動機 」、即ち、スピリチュアリズムで言うところの
「 大我 」 ( たいが = 霊的真理に基づいて、自分と他人を正しく愛する心 )
によって行おうとしているのか、或いは、
「 悪なる動機 」、即ち、スピリチュアリズムで言うところの
「 小我 」 ( しょうが = 自己中心的で、利己主義的な心 )
によって行おうとしているのかどうかを、
よく考え判断して、行ってゆく事が必要となります。
この 『 変化の法則 』 は、その他の法則の大前提となっています。
一、変化の法則
霊的存在である私達は、
死後、現世で培った魂の成長に応じた場所へと向かう。
これが、『 階層の法則 』 です。
私達は死を迎えると、
肉体を脱ぎ 「 幽体 」 という霊的エネルギーとなります。
最初に向かうのは、
現世と霊界の中間地点である 「 幽現界 」 と呼ばれる場所。
次に 「 幽界 」 へと進み、
やがて 「 幽体 」 をも脱ぎ捨て、
光となって 「 霊界 」 へと上昇します。
死後の世界は、
明るい雰囲気から暗い雰囲気まで、
いくつもの階層に分かれている 「 差別界 」 です。
現世での行いに応じて、霊格が決まり、移行する場所が違ってきます。
生前の地位や名誉は、関係ありません。
死後に問われるのは、
「 魂がどれだけ輝いているかの一点のみ 」 。
魂を輝かすには、
自分を知り、自分の心を偽らずに、
「 本当にやりたい事 」 にチャレンジしてゆく事と
その人自身が抱えている 「 欠点や課題 」 に、前向きに取り組んで、
改善努力してゆく事が必要です。
更にまた、
一つでも多くの経験や感動を積み、
人の気持ちに、客観的に共感できるという能力を高めること、即ち、
「 感性 」 を高めるという事と、
霊的真理に基づいて、
自他共に正しく愛するという、「 真の愛 」 「 大我 」 を理解し、
実践できるようになるという事が必要です。
これらのことを、常に意識して生きることが、大切なのです。
三、階層の法則
自分に寄り添い、見守ってくれる守護霊の存在を信じる。
これが、『 守護の法則 』 です。
守護霊のついていない人は、この世に一人もいません。
守護霊という霊的存在は、
あなたがどんなに苦しい試練の中で苦悩している時も、
大きな愛で見守ってくれているのです。
守護霊の願いは、
私達の魂を向上させ、輝かせること。
試練は、
「 可愛い子には旅をさせろ 」 という意味に繋がる
「 愛の鞭 」 なのです。
守護霊は、
役割によって、
大きく四つに分けられます。
生前から死後まで、
あなたを見守り続ける、
中心的存在の 「 主護中心霊 」 、
職業や才能を指導する 「 指導才能霊 」 、
10年ほど先までの未来を調整する 「 支配調整霊 」 、
そして、これらの守護霊の手伝いをする 「 補助霊 」 がいます。
五、守護の法則
「 運命 」 とは、自分の力で作り上げていくもの。
これが、『 運命の法則 』 です。
何か起こった時に、
運命のせいにするのは簡単ですが、
それでは学びがありません。
『 波長の法則 』 や 『 因果の法則 』 が示すように、
人生は、自分自身の発する言葉や行動、考えで、
作り上げていくものなのであり、
そこに 「 生きてゆく喜び 」 があるのです。
生まれた国や家族などは 「 宿命 」 で、
生まれる前に、自ら決めてきています。
「 宿命 」 と 「 運命 」 の関係をデコレーションケーキに例えれば、
「 宿命 」 はスポンジの部分、「 運命 」 はクリームの部分です。
宿命というスポンジの上に、自分の創意工夫と努力で、
最高のデコレーションをしてみせると、
奮起することが大切なのです。
また、
スポンジに見合ったデコレーションでなければ、
ケーキは倒れてしまいます。
しかし、
経験は学び。
精一杯、思い切り、やりたいだけやってみれば良いのです。
そこから何に感動したか、魂が何を感じたか。
その経験こそが、宝なのです。
ただ大人しくこの現世を生きるために、
私達は生きている訳ではないのです。
大人しく生きようと思う人達は、
分相応であることを大切にしようと考えますが、
しかし、経験するということが、とても大切なのです。
学ばないで、ただうごめいているよりも、
経験を果たすべく、精一杯やってみることが大切なのです。
それが後で喜びとならなくても、魂の学びにはなるので、
思い切りやってみるのが良いのです。
人生には、限りがあります。
そうであるならば、恐れて生きるよりも、
とことんやりたいように生きてみれば良いのです。
ですから、恐れずに、自らを知り、自らを探求して、創意工夫し、
自分の努力で人生を輝かせてみせると、奮起することが大切なのです。
六、運命の法則
七、波長の法則
「 1、変化の法則 」 「 2、霊魂の法則 」 「 3、階層の法則 」
「 4、類魂の法則 」 「 5、守護の法則 」 「 6、運命の法則 」
「 7、波長の法則 」 「 8、因果の法則 」 「 9、正負の法則 」。
私達が、
「 本当の幸せ 」 を得るためには、
この九つの霊的法則が、一つでも欠けてはならない。
これが、『 向上の法則 』 です。
八つの法則は、
個々に働いているのではなく、
重なり合い、連動しながら人生に影響を及ぼしていきます。
私達が現世で考える 「 幸せ 」 は、
財を得る事や出世、条件のいい結婚、長生き、等々、
そのほとんどが物質中心的価値観によるものです。
けれど、
霊的価値観、
霊的視点で見た 「 本当の幸せ 」 は、
大きな試練に立ち向かい、克服しながら、魂を向上させ輝かせることです。
九つの法則を心に刻み、
周りの人に、「 真の愛 」 を与えることで、
人は 「 本当の幸せ 」 を得ることが出来るのです。
※ 上記の江原啓之さんの八つの法則の説明内容は、
江原啓之氏の著書である 『 江原啓之への質問状 』 の中の
特別付録 『 八つの法則 』 しおりの内容を書き写したものですが、
『 八つの法則 』 の説明内容には、
一部に私なりの加筆変更を加えてあります。
※ 上記の江原啓之さんの 『 幸福の法則 』 の説明内容の中に、
美輪明宏さんの 『 正負の法則 』 を加えてあります。
江原さんの 『 幸福の法則 』 と区別するために、
『 向上の法則 』 と名称を変更しております。
※ 上記の 『 変化の法則 』 と
美輪明宏さんの 『 正負の法則 』 の説明内容は、
私が書いたものです。
十、向上の法則
自分が霊的存在であることを、常に意識して暮らすこと。
これが、『 霊魂の法則 』 です。
人はそれぞれの 「 課題 」 を持って、この世に生まれて来ます。
一つでも多くの経験や感動を積み、「 魂を磨くことを目的に生まれて来る 」 のです。
「 魂を磨くこと 」 とは、
「 心の弱さ 」、「 無知 」、そして、これらによって生み出されてしまう
「 傲慢 」 ( ごうまん = 利己主義的行為 = 小我の行い ) に気づき、改めて行くことです。
「 心の弱さ 」 とは、失うことに対する恐れや不安のことです。
「 無知 」 とは、次の二つの事柄のことです。
一つ目は、
失うことに対する恐れや不安というものが、
魂が存在するということや、
魂が永遠に生き続けるということを、
知らなかったり、信じられなかったりするということが原因で、
生み出されているということに、気づいていないという事です。
二つ目は、
この現世においては、
失うことの恐れや不安が、言い換えると、
満たされぬという思いが、間違った方向に偏って作動してしまっているということに、
気づいていないという事です。
つまり、求めたい得たいという心が、
「 マイナスの表現 」 ( 物欲、食欲、性欲 ) の方向に、
偏って表れてしまっているということに、気づいていないという事です。
この二つの誤りに気づかぬために、
人は、「 傲慢 」 という利己主義的行為をしてしまうのです。
この誤りに気づき、
魂の永遠を信じて、失うことの恐れや不安、即ち、心の弱さを克服し、
求めたい得たいという心が、マイナスの表現の方向に偏ってしまうことを改めて、
「 プラスの表現 」 ( 生きることの真理や哲学を求めること ) の方向にも、バランス良く、
行ってゆけるように変えて行くことが、魂を磨く上で必要な事なのです。
ですから、
失うことに対する恐れや不安が大きい人程、
魂の永遠を信じられない人程、
マイナスの表現に偏ってしまっている人程、
傲慢さが強くなってしまいます。
そしてまた、
傲慢な人程、傷つきやすい人になってしまうものなのです。
それは、磨かれる部分が多いからです。
ですが、
傷ついたという事は、
削り取ってもらった、磨いてもらった、
自分の心の小我な部分に気づかせてもらったという事でもあるのです。
ですから、
魂を磨き、「 本当の謙虚さ 」 を持っている人は、
傷つかなくなるものなのです。
そうして、
こうしたさまざまな経験体験を積んで、やがて人は死を迎えます。
そして、死は、現世での苦しい修行を終えたことを意味します。
死を迎え、肉体がなくなっても、
魂がピリオドを打つことは、永遠にありません。
あの世へ戻った魂は、霊的存在として生き続けるのです。
死に対する恐怖心、
愛する人との別離の悲しみ、
物質的なものに対する執着心という現世での三大苦悩、
失うことに対する恐れや不安、即ち、心の弱さを克服し、
解き放って、自由な心境になって生きていくためには、
自分は霊的存在なのだと理解することが、不可欠なのです。
二、霊魂の法則
私達は、決して一人ではない。
誰もが霊界という魂のふるさとに、
強い絆で結ばれた、
魂の家族である 「 類魂 」 ( るいこん = グループ・ソウル )
を持っている。
これが、『 類魂の法則 』 です。
コップの水を類魂に例えるならば、
私達の魂は一滴の水。
現世で様々な経験を積んで、修行を終えた私たちの魂は、
霊界へ帰るとコップの中に戻り、
類魂と交じり合います。
それぞれが経験して学んだことは、
類魂全体の叡智となっていくのです。
広い意味で捉えれば、
すべての魂が類魂なのであり、
私達は皆、神の一部であり、神の子供なのです。
四、類魂の法則
原因があるから結果があるのであり、
このことを 「 因果 」 ( いんが = カルマ ) とも言います。
自らまいた種は、自ら刈り取らなくてはならない。
これが、『 因果の法則 』 です。
ごの世に、偶然はありません。
人の悪口を言えば、必ず自分も言われてしまいます。
また、人に親切にすれば優しさが返ってきます。
これもまた因果(カルマ)です。
こういったことは、自然の摂理に沿って起こる必然なのです。
すべての出来事は、
自己責任によって起こるということさえ認識していれば、
因果の法則を恐れることはありません。
この法則があるから、
私達は、自らの 「 欠点 」 に気づくことが出来るのです。
八、因果の法則